半空洞男女関係

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メンテナンスを強制する

2ch の 1000 ごとにスレを立て直す必要のあるシステムは、スレの最初のところがだんだん洗練されてきて (FAQ とか盛り込まれるようになっていて) 良かった。 1000件で打ち止めというのは、一見すると技術的制約に基づく妥協のようにも見えるけれど、水に流してもう一度的な取捨選択の機会を提供し、[強くてニューゲーム]を可能にする機能であるようにも感じる。こういう[「捨てる」機能の設計]に意識的でありたい。

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シンセいじる

soundcloud.com

新しくシンセを少し安く手に入れたので練習してる。digitoneよりは機能が絞られていて使いやすい。 コード進行とかさっぱりわからないので記事を読んで勉強しているけど、何か本を読んだ方が手取り早いのかもしれない。ちょっと違うんだよなあというところがある。曲作るのは日記っぽいところがあって、言語化しにくいテンションを表現できておもしろいと思う。

外出先から帰ってきてシンセ弄ってたらすごい眠くて、作業する予定だったけどずいぶん寝てしまっていた。気付いたら夜になっていて、何か食べなきゃなと思って外に出るけど9:00前で何もやっておらず、ナスそうめん作ろうとナスだけ買って帰るけど、暑くてやってられないのでまずはフジロック聞きながら風呂入る。

風呂入ったらいい感じになってしまって、OP-1引き出して遊んだり考え事をしていたらもうこんな時間。 まあこんなもんですかね。。。1人だと晩ごはんサボりがちになる。

明日は部屋の片付けしたり、洗濯機の周り掃除したりだな。

ブログっぽくなってきていいぞいいぞ。

なぜ何かを作るのか

なぜソフトウェアを書いているのだろう。自分はどうなりたいのだろう。と色々考えていたのだけれど、久々に腑に落ちてきた気がした。一言で言えば、ヤバいものを見たいからだと思う。作り手になっていると、一番最初に完成したものを見ることができる。気に食わなければ、調整することができる、一番自分が気持ちいいところに調整していくことができる。(全てをコントロールできたなら)この瞬間がたまらなくてやっているのだなと理解した。(しかもこれでお金がもらえるなんて!)

自分でコードを書かなくたってそうだ。自分が関わったプロジェクトで、素敵なものが誕生して触っている時間はたまらない。これは確実にいいものじゃんと心から思えるものができるととても楽しい。大学時代にもそういう経験があった。会社に入ってからもそういう経験は何度かあった。

そういうものをきちんと作りたいのに、うまく作れないとフラストレーションがたまる。変化に弱い設計だったり、自分の理解が足りなくて、うまく使いこなせなかったり。刃こぼれしたデザインナイフで作業しても気持ちよく作業はできないし、絵筆の使い方がわからなければいい絵を素早く書くことはできない。だから設計について学ぶし開発の手法を考える。

ということがしたかったはずなんだけど、最近忘れていた気がする。とにかく物事を効率的に、失敗しないように進めることばかり考えていたと思う。もっと生き生きと毎日を過ごすべきだと思う。

あんままとまってないけど、ブログなんてこんなんでいいっすわ